私の知り合いに,受験が長期に及んでいる方がおられます。その方はまじめで優秀な方です。
それなのに毎年,試験に落ちるのです。その方が不合格となる度,あんなに努力されているのにひどすぎる,と試験制度に不条理を感じていました。今年もその方は落ちました。それを知った時,私でなくあの人が合格するべきではなかったのか,と非常に後ろめたい気持ちになりました。
確かに,試験に落ちるのは悪いことばかりではありません。士業には人助けの側面があります。人助けの原動力は共感にあると思います。苦しんでいる人を見て,他人事ではないと感じる心です。こうした共感が生まれるには,当該本人が苦しむ必要があると思います。したがって,受験に苦しんでいる人は,士業にとり貴重な経験を積み重ねているといえます。つまり,受験の苦しみは,法律の勉強と同じくらい必要ともいえます。
しかし,受験地獄の只中におられる方にとって,この言葉は単なる屁理屈でしかないでしょう。そこで,私は長期受験に苦しんでおられる方の一助になればと思い,筆を取りました。私が受験対策を語るのは,おこがましい限りですが,以下述べることを参考にされ,皆さんが来年合格されることを心より願っています。
合格ラインのイメージができれば,勉強計画も立てやすいのではないでしょうか。私は平成20年総合点では合格点を上回りつつ,記述式でわずかに基準点に満たず,不合格となりました。
平成21年では,各基準点につき10点から20点の余裕をもって得点し,合格することができました。両者を比較しながら,合格できる学力とはどの程度か,私見を述べたいと思います。
合格した平成21年の私の状態は,まず,答練ではほぼ毎回,成績優秀者として名前が挙がっていました。また,例えば,民事保全法のテキストを読む際も民事執行法を頭の片隅に置き,両者を比較する等,法律科目全体についてそれなりの理解と知識の定着があったように思います。さらに風邪で3週間くらい勉強を全くしなくても,基本事項を忘れていませんでした。仮に忘れたとしても,頭に残っている知識を総動員して,基本事項をその場で作り出すことができました。しかし,私は平成21年余裕をもって合格したわけです。したがって,合格するために,上記の状態になる必要は全くありません。むしろ,必要以上に勉強したといえるでしょう。
一方,平成20年,点数から考えて,私は合格ラインギリギリの所にいたといえます。平成20年の私の状態は,まず答練で成績優秀者に名前があがるのは月に1度くらいでした。得点は,答練後に公表される合格推定点の辺りを,前後していました。民事保全法等マイナー科目については,テキストを読んだ端から忘れていました。主要科目である不動産登記法についても,知識は完全とはいえませんでした。例えば,農地法所定の許可の有無は,本試験?出分野ですが,協議による遺産分割の際,許可が要るのか否か,答練で毎度も迷い,間違えていました(正解は「不要」です。)。このような状態でしたから,平成20年本試験直前期,私が考えたのは,「合格はまだ早い,もう1年勉強すべきだ」,ということです。しかし,平成20年,私は結果的に不合格になりましたが,本試験の合絡ラインには乗っていたのです。つまり,合格できる学力の程度はそれほど高くない,といえるのです。
司法書士試験は厳しい試験だ,という言葉が独り歩きして,多くの方たちが実際よりも合格水準を高く設定し,勉強に苦労されているのではないでしょうか。もちろん,私もその1人でした。したがって,皆さん,もっと気を楽にして,勉強されるとよいと思います。
性格は変えることはできません。しかし,もし合格に不利な性格があるとしたなら,十分に意識する必要があると思います。
受験時代,友人と,合格できないのはどんな人だろう,と話をしたことがあります。勉強嫌い,根気がない,多趣味,学者肌,完全主義者,真面目すぎる人,おおざっぱ,頑固,様々なタイプの人が上がりました。この中で,少し議論があったのが,頑固な人についてです。というのは,頑固は合格に対して,プラスにもマイナスにも働くからです。
まず,頑固は合格にどうプラスに働くのでしょうか。合格への道は人それぞれです。受験予備校では合格方法を教えてくれますが,それは最大公約数的なものです,最大公約数的とは,合格者に共通する勉強方法を抽出する,ということです。確かに,合格する方法は自分で確立し,それを合格まで貫かなければなりません。
例えば,基本書を何度も変えたり,勉強計画を日和見に変更したりしていては,合格は遠のいてしまいます。この点で頑固さは不動心,継続力であり,合格にプラスに働きます。
一方,頑固は合格にどうマイナスに働くのでしょうか。それは,誤りを改めない場合です。
自己の確立した勉強方法に誤りがある場合,合格するためには改めなければなりません。しかし頑固な人は,それができないのです。誤りを認めようとしないのです。
ここで,さらに議論となったのは,勉強方法が誤っているか否か,どういう基準で判断するか,ということです。はじめは,基準はない,という意見が優勢でした。というのは,合格方法は人それぞれだからです。すると,自己の勉強方法を貫徹できる点で,頑固な人は合格できるタイプだ,という結論になります。
しかし,話を重ねるうち,やはり基準はあるのではないか,という結論になりました。理由は以下です。予備校は最大公約数的な勉強方法を教える。その方法は,長年の蓄積からして,効率的であることは否定できない。したがって,予備校の教える方法はひとつの基準であり,これから大きく外れる勉強方法は誤った方法といえるのではないか,ということです。すると,自己の確立した勉強方法に誤りがあるのに改めない場合,頑固な人は合格が危うい,という結論になります。
もし,特別な理由をつけて,みんなのやっている勉強方法をとっていない方がおられたら,再考をおすすめします。受験中,私が気になった例を挙げると,@基本事項はそのうち覚えるだろうから,毎日の勉強に暗記の時間を設けない,A答練と本試験とは傾向が違うから,答練は受けない,B憲法,刑法に興味があるから,不動産登記法よりも多くの時間を割く等です。
先述の通り,予備校の教える方法は合格のためのひとつの基準です。その勉強とは,@テキストへ情報を集約する,Aこれを何度も読んで習得する,B答練で得点力をつける,です。特にAについて,長期受験生の方が疎かになっている気がします。
受験年数が長くなると,基本テキストを読むのも飽き飽きしてくるのではないでしょうか。実は私も,ため息をつきながら,基本テキストの記述を目で追っていました。そして,読み飽きた結果,受験生によっては基本テキストを読むのをやめ,例えば,先例集を開いたり,黙々と条文素読をしたりしています。
しかし,基準となる合格方法から離れてはいけません。理由は以下です。基本事項も定期的にチェックしなければ忘れます。また,先例集等に手を広げると既存の知識と混同します。法律に関する情報は無限でも,頭で処理できる量は限られているのです。さらに,テキストと関連させず,ただ条文を読むのも時間の無駄です。
むしろ,基本テキストの読み方を工夫されるとよいと思います。例えば,特定の条文について,なぜこのような法律効果が定められたのか,理由を考えてみる。この方法は法律の深い理解につながるように思います。また,似た制度を比較する。これは,択一対策になります。条文素読についてですが,これに充てる時間を基本事項の徹底暗記に費やす方が得点につながるように思います。
1日の勉強時間は長ければ長いほどよいのでしょうか。特に,仕事を止め,アルバイトもせず,一日のすべてを勉強に費やすことは,合格にとってプラスに働くのでしょうか。
私は一時期,1日のすべてを勉強に費やしたことがあります。そのように過ごせば,勉強が進み,早期合格につながると考えたからです。
しかし,結果は予期に反するものでした。3つ例をあげると,まず,基本事項の暗記を短期間で終わらせようとしましたが,1日で記憶できる量は限られていました。次に,丸一日自由に使える結果,生活がルーズになりました。朝,起床時間は9時をまわり,夜は集中力が欠けているにもかかわらず,深夜までだらだらと勉強を続けました。日中は,後からいくらでも勉強できるような気がして,長時間にわたり,昼寝をしていました。生活がルーズになると,頭の働きも鈍ります。基本事項の暗記は思うように進まず,答練においてもケアレスミスを?発しました。
最後に,受験勉強とは無関係なことに時間を費やすようになりました。つまり,受験勉強は苦しく,これと24時間向き合うのは大変なストレスです。そのため,気分転換と称して,友人と半日話をしたり,図書館で受験とは無関係な本を読んだりして,1日を無為に過ごしました。その結果,丸1日勉強できるはずだったのに,正味3時間くらいしか勉強できませんでした。
よって,私は,1日のすべてを勉強に費やすことは,合格にとってプラスに働かないと考えます。以上,自己の経験を長々と書きました。それは,当時の私と同じような状態にある,長期受験生が多く見られるからです。私は数ヶ月で改めましたが,本試験まで,ルーズな生活をすると,合格が遠のく可能性があります。再検討してみてください。
では,1日を勉強以外の何に費やすとよいのでしょうか。
私は,アルバイトを始めました。アルバイトは,早朝6時から,工場での単純作業です。このアルバイトは受験勉強にプラスに働きました。まず,6時始業だと,朝4時に起きなければなりません。早起きは日課になり,生活が規則正しくなりました。勉強時間が限られてくるため,密度の高い勉強をするようになりました。また,単純作業の場合,手足はふさがりますが,慣れてくると,頭はほとんど使いません。そこで,作業をしながら,基本事項のチェックを行いました。例えば,会社法で,取締役会の設置が義務づけられる株式会社は何か,訴えによらなければ無効主張できない事由は何か等。最後に,体を動かすことで受験上のストレスを,ある程度発散することができました。以上,参考にしてみてください。
本試験直前2週間は本当に大事です。この時期の微調整を失敗したら,合格に大きく響きます。公開模試の終わるこの時期,最後の調整として,一般的なのは,本試験の過去問を本試験と同時刻に解くことです。何度も反復したテキストに,ざっと目を通す方もおられることでしょう。さらに参考にしていただければと思い,いくつか調整法を提示したいと思います。
1つ目。模試の成績が悪くても,合格する強い気持ちを持つこと。先述のように合格ラインは受験生が思っているほど高くありません。模試で高得点をマークしなくても合格できるのです。ですから,自信を持って試験に臨んでください。逆に,ダメだ,と思ったら,合格は遠のきます。
2つ目。基本事項の暗記ばかりに時間を割かないこと。確かに,基本事項を正確に記憶していないと,合格できません。しかし,暗記という作業は頭を固くします。本試験では覚えていることがそのまま,出題されることはまれです。合格には,思考力が必要なところ,頭が固くなっていては,思考力が働きません。必ず,問題演習の時間を設けることをおすすめします。
3つ目。前日夜,眠れない方のために。意気込みや不安から前日よく眠れないことがあります。その場合,布団の中で,「眠らなければ」とあせっても,ますます目が冴えてしまいます。では,どうすればよいのでしょうか。私は,朝から家でゴロゴロすることをおすすめします。眠れないことを想定し,朝から準備するのです。カーテンを閉めて部屋を真っ暗にすれば,受験勉強の疲れも手伝い,意外と昼でも眠ることができます。夜だけでなく,1日を使って体を休めれば,本試験に必要な体力に回復します。
私が強調したいことは,決してあきらめないことです。長期受験生の方は,表現が悪いですが,「落ち慣れ」しています。合格できる力を持っているにもかかわらず,簡単に,潔いくらいに,「今年もダメだ」,と思ってしまいがちなのです。しかし,弱気になったら実力が発揮できず,確実に落ちます。では,「今年もダメだ」,と思って気が動転した場合,どうすればよいのでしょうか。
私は,平成21年本試験では,午前の部刑法及び午後の部商業登記法の2回,「今年もダメだ」,と思いました。その時,私は問題用紙の上に,自分の心情をありのままに書きました。
刑法の時は「ああ残念」,商業登記法の時は「あせるな,絶対合格する」。このように心情を紙に書くと,自分を客観視でき,気分的に随分落ち着きます。皆さんも試してください。そして合格してください。
以上