私が土地家屋調査士を受験することになったきっかけは『難しい資格だけど,勉強した知識が直接身になるし,合格したら人生が大きく変わる!かも!』という友人の言葉でした。
不動産業界で働く私は,宅地建物取引主任者・二級建築士を取得していたので,資格試験にはある程度満足していたところもありました。しかし,その友人の言葉を聞いて,仕事では切っても切れない不動産登記の知識が欲しかったこと,また難易度が高いというイメージだけで諦めていたものの,知人が受けるなら,ダメ元で頑張ってみるか!という気持ちになったことなどから,勉強を始めたのが2008年4月,土地家屋調査士試験に向けてスタートした瞬間でした。
私は過去に受けてきた資格試験の経験から,自分に合った勉強方法を知っていたため,時間はかかるかも知れないが択一は何とかなるだろうと,根拠の無い自信がありました。問題は書式。数学も三角関数も学生時代から苦手,三角定規の使い方も分からない,しかも記述式の試験は初めてだったので道のりは遠く険しいもののような気がしてなりません。
悩んでいてもしょうがない。試験に向けて参考書や通信講座を探していたところ,東京法経学院というスクールがこの試験において受験者シェアが圧倒的に多いスクールだと知りました。
関連書籍を色々と読んだ感想は,数学と図面の書き方がさっぱり分からない!参考書の初歩の内容でさえ問題と解答のつながりが見えない!これは致命的だと感じた私は,まず苦手分野から潰そうと,この2つの講座を申し込みました。
時間はかかりました。1つ1つ基礎知識からインプット。三角形の特徴,久しぶりに耳にする三角関数,方向角やxyの座標軸。それこそ最初は何が何だか分からないまま,手探りでノートに書き綴る状態。
入口の段階では近道など無い,今しっかりやって基礎が出来ていないといずれ壁を感じるだろう,と自分に気合いを入れるものの…辛い。
正直勉強がつまらない。新しい知識を得ている充足感はあるものの,合格に向けての道のりを歩んでいる自覚が全く無い。
そんな状況でも救いだったのが,講座の内容が理解しやすかったことや,講師の方の丁寧な説明などで意識を高いところのまま維持でき,投げ出さずに続けることができたと思います。また,友人と理解し始めたことを話し合うことで成長を感じ合い,刺激し合うことで楽しみながら,毎日毎日インプットを続けることができたと思います。
約1ヶ月間,調査士試験の入口である三角関数や作図の基礎を勉強し,おぼろげながら試験全体の概要を把握できた私は,ダメ元のダメ元で『せっかくなら今年合格を目指そう!』と決心したのが5月末。
手持ちの全参考書のボリュームを把握し,解答→見直し→暗記にどれだけの時間が必要か?それらを何周すれば合格ラインに到達するか?その必要時間は?8月の試験日から逆算して1日何時間やれば間に合うか?毎日のカリキュラムを組み1日1日こなしていきました。
昼間は仕事をしているので勉強は帰宅後夜23時頃から。何より試験まで時間がないことが一番の問題だったので,毎日の予定は必ず達成させることが必須だと考えました。元々無理のあるスケジュールだったので,1日休むとそれを取り返すのに4日かかる。サボりたい気持ちは多くあったが,その後が怖くてサボれませんでした。1日サボったらそれを取り返せなくなる,気が緩みサボりを重ねる,後ろめたさから受験をしなくなる。サボるときは受験をやめるとき。と堪えました。
通勤電車は基本書を読み,仕事で帰宅が遅くなっても二時間程度は確保する。毎日択一を解き,図面を必ず書く。仕事の付き合いでどうしても断れない飲みに行った日は,翌朝早く起きて勉強する。休日の昼間は2歳と4歳の子供の相手をし,夜勉強する。
猛烈に走り続けました。1から10まで理解する勉強方法ではとても間に合わない。まぐれでも合格は合格だと,内容は薄くでもとにかく一通り学習するように努めました。夏休みには家族旅行の宿泊先に参考書と製図セットを持って行き,子供が寝たら勉強し始めるような環境。
試験直前,仕事が夏期休暇になれば図書館へ。数日通っていくにつれ,見慣れた顔が増えてきました。そのうちの1人の手元には見慣れた参考書が。
同じ図書館に同じ試験に向け努力する人がいました。わずか数日ではありましたが,休憩室で名前も知らない仲間と論点が不透明なところや,過去の出題傾向などを話し合いました。そしてお互い悔いのない試験当日を迎えようと。
あっという間に試験日当日を迎え,色々な事を我慢し続けた短い夏が終わりました。結果は択一あと1問のところで足切り。書式は自己採点だが,建物は区分に絞って勉強していたので及第点。土地は補正に苦手意識があり,把握するのに時間がかかるからと見切っていたところが出題され座標値すら出せず惨敗。まぐれが重なっても合格ラインには届かない内容でした。不合格が当然といえば当然の学習時間でしたが,自分の中で択一で足切りという結果が納得いかない。また同時に付け焼き刃ではラッキーがいくら重なっても合格できない試験だ。ということが分かりました。
色んなことを我慢して,辛い思いを覚悟して無謀にも僅か4ヶ月の学習時間で合格するための努力を精一杯したこと。頑張った分だけ悔しい思いができたこと。これは大きな収穫だったと思います。恐らく4月の段階で,『今年は無理だから来年に向けて頑張ろう』という安易な考えであったならば,時間があることを理由に言い訳ばかりして,勉強時間・勉強内容もおざなりになり,結局試験当日の仕上がりは『4ヶ月』も『1年4ヶ月』も変わらなかったかもしれません。
試験後は悔しさでいっぱいでした。しかし,一月二月と経つにつれ,詰め込んだ知識と共に悔しさも薄れていきました。仕事も忙しく慌ただしい毎日で勉強の時間も取れない日が続き,年が明け,だんだんと暖かくなりかけてきた頃『やばい。試験を受けるなら,どうせやるなら悔いの無いようやろう。このままでは去年の二の舞になる。きっと今年も落ちたら,不合格に慣れてしまう!受験が毎年の恒例行事になる!』
と感じたのが3月。去年の基礎知識があるとはいえ,ほぼ忘れている状態。そろそろ始めなければ。まず,去年の反省と教訓。民法が全滅だったこと。たった20問の中で3問という民法の存在感は大きく,3問落とすと足切りまでぐっと近づく。民法を落とさないようにするには…正直民法は範囲が広い割りにたった3問しか出題されないので,時間がない去年は切り捨てていました。今年は民法の基本書を読み込む努力を。次に求積。自分に座標値を求められない問題は無い!というくらい問題を解こう。複数種の解法を幅広く身につけ,一つの問題を別の観点からも解けるような見直しをしよう。試験日当日はプレッシャーで普段解ける問題も解けなくなる。ならばそれを上回る実力をつけるのみ。
そして全体的な基礎知識の向上。去年は時間がなかったので,基礎知識のインプットは『問題を解いた後,答え合わせをしたときの解説』がほとんどでした。そのため条文の理解・法解釈が極端に弱く,択一でも初めて目にする論点や,書式の記述は全滅だったこと。今年は基本書の読み込みのウェイトを上げよう。
50問100問ある問題の中から七割取ればいい試験と,たった20問の問題をいかに落とさずに凌ぐか,は全く違う。当然勉強方法も違えば,求められる密度も違ってくる。一年目にしっかりと向き合って努力した結果,不合格ではありましたが,試験に対しての分析,自分に足りないことが見えてきました。
気を引き締めて始めた試験勉強。正直『こんなしんどいこと,来年はやりたくない』という気持ちが一番大きかったです。この気持ちを忘れず,試験当日まで努力を積み重ねることができれば必ず合格する!と自分に言い聞かせ,また走り始めました。
今の自分に足りないところは?弱点克服には?と,自分に合った勉強方法を常に意識しながら参考書,講座を選び,とにかく解く。資格試験勉強は,ある一線を越すと『自分に解けない問題はない,もしあるなら解いてみたい』という気持ちになってくる。それを知っていた私は,ただひたすら問題を解く,見直す,間違えた論点をノートに書く。そして翌朝そのノートを見直す。を繰り返していきました。
最初は問題に対して間違えたくない恐怖がありました。択一も10点取ればいい方。『二年目でこの点数じゃ,やっぱり今年も…』何度も心が折れそうになりながら論点をノートに書く。
こなした参考書が3冊4冊と増えていき,それらを2周3周としていくうちに,手持ちの問題は正解率9割になり,次はどんな問題か?どんな論点か?と,新問を解きたい衝動にかられました。
平行して書式も少しずつ仕上げていき,誰しも気にする時間短縮の課題は残り1ヶ月の集中で充分。むしろ土地は解法,建物は法解釈がしっかり見えていれば,時間に追われることはないと考えました。
試験日まで残り1ヶ月を切り,手持ちの基本問題集数冊・過去問10年分・模試数年分・答練数年分は何度も何度も解き,問題を見れば論点・解法が見える程度まで仕上がりました。限界を何度も迎え,とことんやると,自分以上に努力している受験者はいないのではないか?という気になります。
試験日まであと2週間になり,去年と同じ図書館へ。数日通いましたが,去年ここで合格を願い合った仲間はいませんでした。きっと彼は去年合格したんでしょう。与えられた時間は残りわずか。ここまで努力したからには絶対合格したい!という気持ちが日に日に強くなり,朝から夜まで図書館にいました。
合格の可能性を高めるための思いつくことはやりました。試験中,頭の血の巡りを少しでも良くするため,タバコもやめました。ヘビースモーカーであった私にとって禁煙は注意力散漫になり,逆効果な気もしましたが,合格する確率が高まるなら苦痛ではありませんでした。去年より時間があると思っていましたが,直前になるとやっぱり時間が足りない。もっと勉強したい。自分の知らない論点はどこだ?とラストスパート。概ね予定通りのカリキュラムをこなし,あっという間に二年目の試験当日を迎えました。
試験会場の駅周辺には食事をするところが無さそうだったので,乗り換える駅で降り,早めの昼食を採りながら基本的な要点だけ復習。過去の経験から,直前で新しい知識を詰め込もうとバタついてもいいことは何もない。頭に入らないから焦るわ,中途半端な知識は迷いを生むわ,自信なくすわで最悪な状況に陥ることは経験積みだ。やることはやった。あとは落ち着いて普段通りやるだけ。
試験会場に到着。意外に落ち着いている自分に驚く。ある種の異様な雰囲気に包まれている試験会場。明らかに浮き足立っている人。予備校の友達同士か,何人かで騒ぎ合っている人達。自分の固い殻に閉じこもって青い顔をしながらブツブツ条文を音読している人。絵に書いたようなというか,現実感がないというか,ほぼ全員が浮き足立っているこの雰囲気。案外嫌いではない。合格率,難易度を考えると,他の資格試験に比べてヘラヘラしている人は少ないようだ。
教室に入り,席につく。去年は試験開始の一分一秒前まで参考書にかじりついていたが,今は教室の雰囲気に慣れる,というより馴染むことを無意識で考えていたような感じか。いわゆる『アウェイ』を『ホーム』にするべく,何も見ずに,その時間が来るのをただ待つ。
時が【刻まれる】という表現が合う。一秒一秒を肌で感じるのはずいぶん久しぶりな気がする。これから始まる150分のために努力を重ねてきた。その努力はきっと合格に手が届く内容だったはず。あとはそれを掴むだけ。と自分に言い聞かせながら開始を待つ。
監督から試験の説明が始まる。さすがに少しの緊張を感じ,深く息を吐く。
『では始め』
まず択一。分かる。不透明なまま2択にまで絞って決められない問題も少ない。会場の雰囲気と妙なプレッシャーがなければ大した問題では無い。どんな模試より本試験の方がよっぽど論点がシンプルだろう。今年は基本書を読み込み去年に比べ二層三層も理解が深い。周りの受験者の問題をめくる音から,私のペースは結構早いような気がする。1問だけ初めて聞く単語が並び,どんなに悩んでも答えが出ない問題があったが誤差の範囲だ。予想が的中し,択一は30分で終了。内容もまずまずだろうという実感がある。問題ない。
次は建物。他の受験生が苦手といわれている区分建物を期待していたが,内容は普通建物の表題登記。私の仕事柄,木造ロフト付き二階建ては見慣れているため問題ないと思っていたが,床面積算入範囲に悩む。時間をかけて悩んでも見えないと見切り,ロフト物入を非算入。屋根材二種類の場合は三割以下非表示という基本が頭に全くなく,そのまま二種類書いてしまう。
所要40分残り時間にも余裕があり,択一・建物と頭を抱えるほどの壁も感じなかった自分には,この時点で口の端が緩んでいた。
『これはある!今年はあるぞ!』
と思いながら,合格発表はおろか自己採点すら,いやいや問題を解き終わってないうちから喜ぶなんて馬鹿か!その気を緩めた隙から砂のように得点がこぼれ落ちるんだ!と自分に言い聞かせもう一度スタートラインに立つつもりでリセット。
『集中しろ集中しろ』
最後に土地問題を読む。OK。論点は理解できる。歪んだ出題内容ではないし,集中力も続いてる。座標値計算。計算を始めたところで何か違和感を感じる。数点を計算したところで違和感が形になった。
求められない点がある
嫌な汗が出る。まだ時間はたっぷりある。計算をし直す。ヒントを見落としてないか各所見直す。時間は過ぎる。何度も見直したが分からない。解けない問題はないと思うほど数をこなして来たが,これは解けない。数点座標値が求められないということは,辺長も面積も図面もダメか。余裕だと思っていた残り時間もあと15分。視界が歪む。鼓動が早い。これでは…ダメだダメだダメだ。
と諦めかけたが,会場の雰囲気が少しおかしい事に気付いた。試験も終盤だというのに,答案用紙にガリガリ書き込みをしている音が少ない。
これは皆解けてないのか?自分が解けないのなら解ける人の方が少ないはずだ。解けない中でも人より多く書き込もう。諦めるにはまだ早い!と最後のスパートをかけ,図面,申請書を分かるところだけでも埋めるよう書き込んだ。
分からないところも空欄より何か書き込んだ方がいいに決まっている。しかし書き始めたら意外に埋まる。どうしても埋められないところは皆埋められないはず。何とか全てを書き込み,図面も完成させたところで
『そこまで』
結局択一を見直す余裕なんてありませんでした。試験終了。充実した勉強期間が終わったという解放感と,本番を150分走りきった達成感と,座標値が全て出なかったことに,また来年か…と半分諦めの感情が渦巻きました。
その日の夜から数日間,毎晩各学校の解答速報を確認し,自己採点を毎日しました。択一は予想以上の結果で17問。理想的な点数だと満足するものの,書式の採点内容・得点配分を考えると喜んでもいられません。やはり土地の求積の正答率は低いという声が多い。世間一般の反応から,土地は最低限書けた状態からの勝負,つまり建物ミス無しで合格,というラインが濃厚のようでした。私は屋根,床面積を見誤っていたため,平面図・申請書共にミスが響いているはず。悔やんでも悔やみきれない内容。『また来年か』。今年は精一杯やった。学習内容は充実していたはず。あれでダメなら時間を増やすしかない。
と,3年目に向け基本書の読み込みを始めた頃,1次試験の発表の日。万が一の希望を胸に,パソコンを立ち上げ合格発表のページヘ。
あった。
自分の目を疑う,とはこのことか。まさかまさかまさか。何度見ても確かに自分の受験番号がある!
長いようで短い一年半,努力が実を結びました。試験勉強を始めた頃を思い返すと,合格後の理想も願望も変化を遂げていますが,試験の知識のほかに学んだことも多くありました。また,自分自身の幅を広げることができた貴重な経験と有意義な時間になりました。
受験を検討されている方々,合格に向かって努力を重ねている方々,私が考えるにこの試験,合格の近道に必要な知識は多くありますが,何よりも『諦めない強い気持ち』がないと,合格はできないと思いました。決して楽な道のりではありませんが,合格したその先には言葉では言い切れない多くのものを手にすることができるはずです。